ようこそ、『満員御礼』へ!
著者:管理人
「いらっしゃいませ〜」
客入りが決していいとは言えないファミリーレストラン『満員御礼(まんいんおんれい)』。私はその日、今日初めて店にやってきたお客さんを腰を折って迎えていた。腰まである少しウェーブのかかった栗色の髪が動作に合わせてサラリと揺れる。
客は20を少しすぎたくらいの、ちょっとガラの悪そうな女性。気のせいか威圧されてるような? なんか、視線が痛いし……。
ともあれ、テーブルに案内してメニューを差し出す。
「ご注文がお決まりになりましたら、ここにあるボタンを押してお報せください」
テーブルに乗っているボタンを指差し、もう一度ぺこりと頭を下げる私。それから背を向け、さきほどまでそうしていたようにレジのところでボンヤリとする。
……う〜ん、退屈だぁ〜。高校2年生のバイトで時給800円、レジでボンヤリしていること多しというのは、果たして楽なのか苦痛なのか……。
ちなみに私は後者だと思っている。どうせなら厨房で自慢の腕を振るいたかった。立ってボンヤリしているのがメインだなんて、足は痛いし『退屈』という人類の天敵と数時間戦ってなくちゃいけないしで、本当、私にとっては苦痛以外のなにものでもない。
退屈ではあるけれど、まさかレジでケータイをいじってるわけにもいかず、また嘆息もあくびも出来ず。はぁ、ウエイトレスというのも大変だ。一説によるとルックスも重要らしいし……。
まあ、ルックスのことはいいんだ。身長はモデルになるにはちょっと足りないし、顔も少々童顔だから美人とは言われないだろうけど、それは別に不満じゃない。
客入りがいまひとつであるせいか、給料が決まった日に振り込まれないこともあるけど、まあ、それはそれで愛嬌だろう。……いや、いま激しく『ダメだろ、それ』と思ってしまったけれど、それはともかく。
と、ボタンが押下(おうか)された音が店内に響いた。……あれ? 前々から思っていたことではあるけれど、こういうのって普通、いわゆる『店の裏方』のほうでのみ鳴るよね? 店中に響くのって、おかしいよねぇ?
……まあいいや。この店では小さいことにいちいちツッコミを入れていたらきりがないのは私がよく知ってるし。大体、普通の店だったら注文とってる時間以外は私のような立場の人間って、ドリンクバーのコップを拭いたりしてるよねぇ?
いや、このほうが楽っていえば楽だから、それほど文句はないけどさ。
ちなみに、ここで一番言っちゃあいけないツッコミは『満員御礼って名前のファミレスなのに客入りがよくないってどうよ?』だ。なんでも店長がそうなるといいな、という希望を込めてつけた名前らしい。しかし、これまた前々から思っていることだけど、『満員御礼』ってファミレスの名前として間違ってるよねぇ……。
そんなどうでもいい思考を展開しながら私はテーブルへと向かう。ちなみに1番テーブルだ。他のテーブルはもちろんどこも空いている。
「スパゲッティミートソース」
憮然とした口調と表情で告げられる。しかし、なんでこの人は私にキツイ視線を浴びせてくるんだ? いや、目が悪いだけとかいう好意的な解釈も出来なくはないけど。
「はい。スパゲッティミートソ−スですね。ドリンクバーはご利用なさいますか?」
無言でこくりとうなずくお客さん。
「ではご注文を繰り返します。スパゲッティミートソースがおひとつ。ドリンクバーが一名さまご利用。以上でよろしいでしょうか?」
『あん? あんたはたったそれだけのメニューも記憶できないの?』みたいな視線が私に向けられる。いや、こう言うって決まってるんだから……。
しかし、なんでこの人は私にこう、敵対的な眼差しを向けてくるかなぁ。疲れるお客さんだ……。
「ドリンクバーはあちらの機会をご利用ください。セルフサービスとなっておりますので。――では少々お待ちください」
『少々ってどれくらい?』って感じの視線を、会釈した際にさりげなくかわして私は裏方に戻った。
「クッキングさ〜ん、スパゲッティミートソースひとつ、注文入りました〜」
「あいよ〜」
コック帽を被った30代前半くらいの男性――クッキングさん(私がここに勤め始めてから半年近く経っているというのに、本名は未だに知らなかったり……)が威勢よく返事を返してくる。
それから私は、どうにもレジのほうに戻りづらくて厨房の奥にいた副店長にこうお願いしてみる。
「しばらくここで待機していてもいいですか〜? 副店長」
どうも在庫のチェックをしていたっぽい副店長が怪訝そうな表情でこちらに向いた。年のころなら30代後半、清潔そうに肩で揃えた黒髪に、視力が低くなったのか、はたまた単なる遊びのつもりなのか先週からかけ始めた丸メガネ。理知的な雰囲気を持つ女性だ。
「客が来ないんなら別にかまわんが、なんでまた?」
しかし、口調や性格まで理知的とは限らなかったり……。
「いや、いまいるお客さん、なんだか怖くって……」
「女の客か?」
「はい。……って、私が入りたての頃、一度こんなやりとりしたことありませんでしたっけ?」
「あったな。で、だな。お前、自分の反則的な外見を見てみろ」
反則的って、そこまででは……。
「まだ自覚してないようだな、アイドル」
自覚って、なにを……?
ちなみに『アイドル』というのはここでつけられた私のあだ名――というかコードネーム(?)というか――だ。きっとこの店には私の本名を知っている人はいないだろう。私がクッキングさんや副店長、その他メンバーの本名を未だに知らないように。
「まあ、端的に言ってやるなら、だ。その客はお前のルックスに嫉妬したんだろうさ。『世の中は不公平だ〜!』みたいな感じに。かくいうお前が入ってきたばかりのときは私もそう思ったし」
「……副店長、まだ女性としての意識があったんですね。安心しましたけど、ちょっと意外」
「…………。お前はそんなにレジに戻りたいか? ん?」
「いえいえいえいえ! すみません調子乗りました〜!」
手を慌ててブンブンと振ってみせる私。しかし、嫉妬されるほうはたまったもんじゃないんだけどなぁ……。
と、そこにクッキングさんが、
「副店長〜、パスタが切れてますよ〜」
え、よりにもよってパスタが……?
「あ、やっぱりか。仕方ない、なにか別の物で代用しろ」
あ〜、また始まったか……。なにを使ってもパスタの代用にはならないと思うけどなぁ。たとえマカロニで代用しようとも。
「うい〜っす。じゃあラーメンの麺でもゆでますかね」
「ミートソースは残ってたか?」
「残ってませんでしたね」
残ってなかったんだ!
「じゃあ違うもので代用しろ。ここが腕の見せどころだ」
いや、それは違うかと……。
「いっそ、ラーメンを作ってしまいましょうかね?」
いや、それはよしましょうよ、クッキングさん。お客さんからクレーム来ますよ? まあ、ついこの間もこんな感じのことがあって、クレーム処理に店長が駆り出されてたけど……。
「おう、そうしろそうしろ。『スパゲッティミートソース・満員御礼特別バージョン』とでも銘打っておけば、客も気を悪くはせんだろう」
いや、普通は気を悪くしますよ。副店長。
しかし、二人とも相変わらずアバウトというかなんというか……。
さてさて、そんなこんなで3分後。……って、まさか袋ラーメン!?
「さ、出来たぞアイドル。持っていけ」
そんな自信満々な笑顔でラーメンを差し出さないでくださいよ、クッキングさん……。
とにかくこれはダメだ。確実にクレームがくる。そしてまずお客さんに怒られるのは私。……うぅ、やだなぁ。
「そうだ! ホストさんに持っていってもらいましょう。ホストさんに」
ホストさんというのは、まあ、ここの二大看板となっているウエイターさんだ。これまた本名知らなかったり。
ともあれ、男性には私が、女性には彼が注文をとりにいくのが定例となっている。……ん? あれ? じゃあなんで今日は――。
「ああ、ホストのやつ、今日は病欠だ」
「マジですか!? 副店長!」
「マジだ。じゃなかったら最初からホストに注文とりにいかせるに決まってるだろ。ほら、だからとっととラーメン――じゃなかった、『スパゲッティミートソース・満員御礼特別バージョン』持っていけ」
「いまラーメンって言いましたよね? 言いましたよね!?」
「うるさいやつだな。ものは同じなんだからこれをなんて呼んだって同じだろ? いっそ冷やし中華と呼ぶか?」
「呼ばないでください! それに同じじゃないです! 全然同じじゃないです! まったくの別物ですよ!」
「…………。で、気は済んだか? アイドル」
どうやら、このラーメンを私が1番テーブルに持っていかなければならない現実は、どうやっても変わらないらしかった……。
「これのどこがスパゲッティミートソースなのよっ!?」
ああ、やはり怒られた。まあ、そうだよね。これにクレームをつけずしてなににつけるって感じだもんね……。
とりあえず用意しておいたセリフを返すことにする私。
「いえ、あの、これはラーメンではなく、『スパゲッティミートソース・満員御礼特別バージョン』でして――」
「あんたなにバカ言ってんの!?」
はい、バカ言ってますね。そんなの私が一番よ〜くわかってるんですよ。というかバカなこと言ったのは私ではなくて副店長なのですよ……。
「とにかく責任者呼んできて! 責任者!」
……責任者、かぁ……。
「あの、それはつまり、『店長を呼んでこい』ってことですよね?」
「そうよ! まさか居ないなんてことはないでしょうね!?」
ああ、これまでの流れからすると、そういう展開になってもおかしくないなぁ。いやまあ、いるんだけどね。いるんだけどさ……。
「わかりました。少々お待ちください」
深々と腰を折り、1番テーブルを離れる――その瞬間。
「――あの」
私はちょっとお客さんのほうを振り向き、つけ足した。
「後悔なさると思いますよ?」
「あん?」
ドスがきいてらっしゃいますよ、お客さま。綺麗な顔が台無しです。などと、心にもないことを思ってみる私だった。
あれから10分後。私はまたレジのところに突っ立ってボンヤリしていた。しかし決して退屈ではない。ちょっとした見世物が始まろうとしているわけだし。……まあ、あのお客さんには悪いけれど。
「お待たせいたしました。私が店長ですが」
「なんなのよ、この料理、は……?」
「私にはラーメンに見えますが。なにか問題でもありましたでしょうか?」
「あ、う……」
あ〜、お客さん、早くも腰が引けちゃってる……。まあ、50代前半の男性で、その筋の人のような強面(こわもて)を持つ店長を相手にしてるんだから当然といえば当然か。しかも店長、昔は本当にその筋の人だったらしいし。
いい人なんだけどなぁ、店長。情や仁義に厚いし……。
「? お客さま?」
「う、あ、いや……、私は、その、ラーメンじゃなくてスパゲッティを……」
言った! 言いましたよ、あのお客さん! 面接時にビビって声も出せなかった私はいま、あなたに惜しみない拍手を送りたい!!
「途切れ途切れでわかりづらいのですが、要はご注文なされたものと違うものが出てきた、と?」
「そ、そう。というか顔を近づけないでよ、顔を。マジで怖いから」
「これは申し訳ありません。しかし、その程度のことで目くじらを立てなくても……」
出た! 店長のスキル! その名も『細かいことは気にしない』! またの名を『腹に入れば皆同じ』!
さあ、どう出る? お客さん。
「……や、さすがに、その、立てるに決まってるというか、その、目くじらを……」
すごい! またも店長に向かってクレームつけた! 大抵の人はこのあたりで『代金は払いますからもう帰らせてください』とかいうのに! 度胸あるなぁ、あのお客さん。
「そうですか。困りました……」
しょんぼりする店長。しかし店長のことをよく知らない人にはこれ、『こうなったら、この客いっそ殺すか』みたいな表情に見えてしまったり……。
「え、いや、あの……?」
案の定、あのお客さんにもそう見えてしまったらしい。だから『後悔なさいますよ?』って言ったんだけどね。……あ、いい気味だ、とか思ってたりなんかはしないから、誤解しないように。
「…………。も――」
あ、これはもうギブアップかな、お客さん。
「もういいわよ! もう二度とこんなところ来ないから!」
ああ、ギブアップだ。でも私は失望なんかしないよ。むしろいま、私はお客さんにこう言ってあげたい。『よく頑張った!』と。
しかし、それで返す店長じゃあない。
「では代金を」
「代金とるの!? 私まだ一口も食べてないのに!?」
おおっ! あの店長にツッコミを入れた!
「手間賃も入っておりますので」
なんでだろう。申し訳なさそうな店長の表情がなぜか、悪質な取立て屋さんのそれのように見える……。
「は、払わな――」
「お客さまは私に首吊れというのですね?」
それどこのネタ!? というか店長、多分その表情、他人には『なら、まずはお前の首をはねてやる』って感じに見えてますよ?
「――ちょっ!? わ、わかったわよ、いくら!?」
こうして、お客さんは『スパゲッティミートソース・満員御礼特別バージョン』――もとい、ラーメンにまったく口をつけずに880円払って去っていったのだった。合掌。
それからすぐのように次の客がやってきた。今度は大学生くらいの歳の男性だ。どうでもいいけど、なんで女子大生という言葉はあるのに、男子大生という言葉はないのだろう。
ともあれ、早速注文をとりにいく私。――と、その前に厨房のほうから手招きされ、先にそっちに行ってみることに。
「なんですか? 副店長」
ヒソヒソと副店長に耳打ちされ、それはいくらなんでも、と思ったものの、私は副店長に『わかりました』と返す。
改めて今日二人目のお客さんを1番テーブルに案内する。そしてメニューを出す前に副店長に言われたことを口にする。それも満面の笑顔(営業スマイルだけどね)で。
「本日、特別メニューとして『スパゲッティミートソース・満員御礼特別バージョン』がございますが、それはいかがでしょうか? 値段は880円と大変お安くなっております」
それにお客さんはあっさりと首を縦に振ったのだった。
まあ、アイドルという呼び名はこういうところからついたんだしね。
そんなこんなでファミレス『満員御礼』は今日も営業しております。ぜひまたご来店ください。
あとがき
以前からブログで言っていた『レストラン・コメディ』をここにお届けします。
一応これ、読みきり作品として書いたんですよね。オリジナルで読みきりは初めてだったり。設定も書きながら考えてましたしね(苦笑)。
反響によっては続きを書こうかな、とも思っています。続ける要素はけっこう盛り込んでありますから(ホストとか)。
それでは、また日々のブログや新しい小説でお会いしましょう。
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